東京高等裁判所 昭和60年(う)443号 判決 1985年11月01日
主文
原判決中、被告人伊東稔浩に関する部分を破棄する。
被告人伊東稔浩を懲役三月に処する。
被告人伊東稔浩に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は、被告人株式会社伊東ビルと連帯して、被告人伊東稔浩にこれを負担させる。
被告人株式会社伊東ビルの本件控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人小栗孝夫、同小栗厚紀が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用する。
控訴趣意第一点(構成要件該当性及び免訴事由に関する事実誤認、法令適用の誤りの主張)について
所論は、要するに、原判決は被告人伊東稔浩(以下、被告人という。)が被告人株式会社伊東ビル(以下、被告会社という。)の業務に関し静岡県知事の許可を受けないで昭和四一年六月六日から昭和五六年四月二六日までの間静岡市南町一八番九号において業として公衆浴場を経営した旨の事実を認定し、被告会社及び被告人をいずれも有罪としているが、被告会社は、昭和四七年に、伊東賢之助が昭和四一年三月一二日に受けた営業許可の名義を被告会社に変更する旨の届を静岡市南保健所に提出して受理され、最終的に静岡県衛生部長が決裁し許可台帳の記載が変更されたのであるから、以後知事の許可を受けて公衆浴場業を経営していたものであり、右許可が存在する以上、仮にその許可が無効であるとしても、許可を受けた私人は許可を信頼して禁止されていないものとして行動できるのであつて、本件は無許可営業罪の構成要件に該当しないし、しかも、右変更届の受理は、重大かつ明白な瑕疵はなく、行政処分として無効ではないのであるから、本件は明らかに無許可営業罪の構成要件に該当せず、結局本件は無罪である、たとえ右昭和四七年の変更届受理以前の行為は無許可営業罪の構成要件に該当するとしても、起訴前に三年の期間を経過し時効が完成したのであるから免訴すべきである、したがつて本件について無許可営業の事実を認定して被告会社及び被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認あるいは法令適用の誤りがある、というのである。
そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討することにする。
一 所論の検討に必要な事実関係の骨子は、次のとおりである。
(一) 本件営業及びその許可の外形的状況
関係証拠によれば、以下の事実関係が明らかである。
被告会社は、昭和四一年六月六日有限会社伊東ビルとして設立され、昭和四七年一月五日株式会社伊東ビルに組織変更されたものであるが、右昭和四一年六月六日の設立以来昭和五六年四月二六日に至るまで静岡市南町一八番九号において業として特殊公衆浴場「トルコニユーグランド」を経営していた。被告会社の代表取締役には変動があるが、被告人がその代表取締役あるいは業務執行担当役員として終始その経営全般を掌理し、右浴場従業員等を指揮監督し、被告会社の業務に関して、右公衆浴場営業の経営を担当していた。被告会社は、公衆浴場の営業許可の申請手続をしてその許可を受けたことはない。もつとも、被告人の実父伊東賢之助か昭和四一年三月一二日静岡県知事の営業許可を受けており、その名義で右特殊公衆浴場「トルコニユーグランド」の営業がなされていたところ、被告会社の代表者であつた被告人は昭和四七年一一月一八日付で右許可の申請者を伊東賢之助から被告会社に変更する旨の静岡県知事あての公衆浴場業許可申請事項変更届を静岡市南保健所に提出し、同保健所は同年一二月九日これを受け付け、同月一二日静岡県知事に進達し、右変更届は受理され、その結果公衆浴場台帳の記載がその旨訂正された。
(二) 被告会社が自ら新たに営業許可を申請しないで、伊東賢之助名義の営業許可の変更届をし、それが受理された事情関係証拠によれば、以下の事実関係が明らかである。
被告人は、右のとおり被告会社の業務に関し特殊公衆浴場「トルコニユーグランド」を経営していたのであるが、特殊公衆浴場の営業は、昭和四一年法律第九一号による風俗営業等取締法の改正によつて新設された同法四条の四にいう個室付浴場業にあたり、右規定の施行された同年七月一日以後は同条一項により学校等の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内においてはこれを営むことができなくなり、また、同条二項に基づく昭和四一年静岡県条例第五六号による同県風俗営業等取締法施行条例(昭和三四年同県条例第一八号)の改正によつて新設された同条例三七条によりそれが施行された同年一〇月一四日以後は静岡県内では熱海市の一部以外の地域でこれを営むことはできなくなつた。ただし、同法四条の四第三項は、同条「第一項の規定又は前項の規定に基づく条例の規定は、これらの規定の施行又は適用の際現に公衆浴場法第二条第一項の許可を受けて個室付浴場業を営んでいる者の当該浴場業に係る営業については、適用しない。」と規定しているところ、本件特殊公衆浴場の施設は静岡市立森下小学校の敷地から約七〇メートルしか離れていない(なお、また、熱海市ではなく静岡市内にある。)から、風俗営業等取締法四条の四第一項の施行以後は、同条三項の「現に公衆浴場法第二条第一項の許可を受けて個室付浴場業を営んでいる者の当該浴場業に係る営業」にあたらない限り営業できないのであるが、被告会社は前示のとおり当時公衆浴場法二条一項の許可を受けていなかつたのであるから、風俗営業等取締法四条の四第三項の適用を受けることはできないし、また、行政庁が右風俗営業等取締法四条の四第一項の規定または同条二項の規定に基づく条例の規定によつて個室付浴場業を営むことが禁じられている区域内又は地域において個室付浴場業のために公衆浴場法二条一項の新規許可はできないものと解釈し運用している結果、被告会社が自ら新たに右許可を受けることもできなくなつた。
そこで、被告人は伊東賢之助名義の許可を被告会社名義に変更することを思いついたが、公衆浴場に関する事項を所管している厚生省は、公衆浴場法が昭和二三年七月一二日に成立し同月一五日施行された当時から営業の譲渡、相続の場合には新たに同法二条一項の許可を受けなければならない旨の解釈を採り、都道府県知事に対しその旨の指導をしており、知事はそれにしたがつて同法の運用をしていたのであつて(昭和二三年一一月二日衛発第二七八号厚生省公衆衛生局長から各都道府県知事宛通知等参照)、現に被告人が、昭和四二、三年ころ、被告会社の顧問をしていた弁護士御宿和男に公衆浴場業の許可を伊東賢之助名義から被告会社名義に変更することについての検討を依頼したところ、同弁護士は法令及び条例を調査し、静岡県警察本部防犯少年課の係官に会つて意見を聴く等したうえ、被告人に「右許可は人的許可であるから被告会社名義に変更することは不可能である。」旨を告げたのであつた。
しかし、昭和四七年になり、伊東賢之助の健康が悪化したことから、被告人は、被告会社名義の公衆浴場業の許可を得ることについて静岡県会議員堀江静男に協力を依頼し、同人が静岡県衛生部長長瀬十一太に働きかけ、その結果同県衛生部公衆衛生課長補佐黒柳壮一、静岡市南保健所長向井増男らが動き、法律的には許可名義を別人に変更する旨の届出を受理することは不可能である旨を述べる右公衆衛生課及び保健所の係員らの意見を押えつけたうえ、被告人が自ら作出した実在したことのない社団法人伊東ビルの昭和四〇年一二月一四日付定款等を添付して被告会社の代表者として提出した右許可の申請者を伊東賢之助から被告会社に変更する旨の公衆浴場業許可申請事項変更届を静岡県知事において前記のとおり受理し、許可台帳の記載をその旨訂正するに至つたが、被告会社に対して公衆浴場業の許可証の交付はなされていないのである。
二 所論についての検討
(一) 公衆浴場法二条一項の許可の効力の及ぶ者の範囲
公衆浴場法二条一項の営業許可の効力は、許可を受けた者にのみ及ぶものであつて、浴場施設ないし営業を相続しあるいは譲り受ける等した者に当然に及ぶものではなく、また、営業許可の名義の変更届すなわち営業許可の申請書に記載した申請者の氏名等の変更の届出(同法施行規則二条、一条一号)をしても新名義人に及ぶものではないと解すべきであり、次にその理由を示すことにする。
公衆浴場の営業許可は、その審査の基準が公衆浴場の設置の場所及びその構造設備すなわち物的事項に限られているが(公衆浴場法二条二項、三項)、道路運送車両法五八条の規定する運行の用に供する自動車の検査及び自動車検査証の交付のような供用する物ないし物的設備それ自体の許可ではなく、業として公衆浴場を経営しようとする者がこれを受けなければならないのであつて(公衆浴場法二条一項)、その営業を行おうとする者にその許可を受けるべき特別の作為義務が課されているのであり、そうして、許可を受けて業として公衆浴場を経営する者にはその営業をするについて種々の措置を講ずべき義務が課せられ(同法三条一項、四条、五条二項)、義務に違反した場合には処罰されることがある(同法四条、五条二項違反につき同法一〇条)のみではなく、営業停止を命ぜられ、更に許可を取り消されることもある(同法三条一項等の違反につき同法七条一項)のであつて、その許可の存続が許可を受けた者の営業上の行為によつて左右されるものであるから、公衆浴場法は、公衆衛生の保持、向上を図る目的のために、公衆浴場という物的施設を用いてする営業者の営業行為を規制する人的規制の方法を採つており、同法二条一項の営業許可は、右目的を遂げるために一般的に禁止している公衆浴場営業を特定の者の申請に基づいて審査の上与えられるいわゆる対人的処分の性格をも有するものであると解すべきである。したがつて、許可を申請し許可を受けて営業を行う者も許可の構成要素の一つを成しているのであつて、施設ないし営業の譲受け等による特定承継はもとより相続等による一般承継の場合においても、営業の許可は施設ないし営業とともに当然に承継されてその効力がこれに及ぶものではなく、施設ないし営業を承継して営業を行おうとする者は自ら新たに浴場営業の許可を申請してこれを受けなければならないものなのである。なお、公衆浴場法施行規則一条は浴場営業許可を受けようとする者は公衆浴場の名称及び所在地、公衆浴場の種類、営業施設の構造設備等と並んで申請者の住所、氏名及び生年月日(法人にあつては、その名称、事務所所在地、代表者の住所、氏名、生年月日及び定款又は寄附行為の写)を記載した申請書を行政庁に提出しなければならない旨を、同施行規則二条は浴場業を営む者は右申請書に記載した事項を変更したときは一〇日以内にその旨を届け出なければならない旨を規定しているのであるが、右にいう申請者に関する事項の変更とは、申請者の氏名、名称等の表示の変更等申請者の同一性に変更のない場合をいうのであつて、申請者の同一性に変更を生じた場合はこれにあたらないものと解すべきである。
(二) 本件についての検討
以上説示したところに基づいて本件について検討すると、本件営業許可の申請者を伊東賢之助から被告会社に変更する旨の変更届は、その内容が申請者の同一性を変更するものであるところ、申請者の同一性の変更は許可の同一性を損うものであつて法的に不可能なことであるから、静岡県知事はこれを受理する権限を有しないのである。したがつて、静岡県知事がした本件変更届の受理(及びそれに基づく許可台帳の記載の訂正)には明白かつ重大な瑕疵があり、これは行政行為として無効であつてその内容に応じた効力を有する余地のないものであり、したがつて右変更届が受理されたことによつて、被告会社が公衆浴場法二条一項の許可を受けたものとは到底いえないのであり、被告会社の本件特殊公衆浴場の営業は、その受理前はもちろんその受理後も、同法八条一号に該当するといわなくてはならないのである。
そうであるとすれば、所論のいう変更届の受理(ないし許可台帳の記載の訂正)にかかわらず、被告会社が静岡県知事の公衆浴場営業許可を受けたことはないのに、被告人は被告会社の代表取締役等として被告会社の業務に関して業として公衆浴場を経営したものであつて、その所為は公衆浴場の無許可営業罪の構成要件に該当し、この罪は継続犯であると解すべきであるところ、右所為が昭和四一年六月六日から昭和五六年四月二六日まで継続したものであるから同年九月一一日に公訴が提起された以上時効は完成していないというべきであり、これと同旨に出た原判決に所論の事実誤認あるいは法令適用の誤りがあるとは認められない。
論旨は理由がない。
控訴趣意第二点第一(違法性に関する法令適用の誤りの主張)について
所論は、要するに、仮に被告会社に対する営業許可がないとしても、伊東賢之助の同族会社である被告会社が同人に対する営業許可に基づいて同人が営業許可を受けた物的設備それ自体を用に供して公衆浴場営業をすることは、公衆浴場の営業許可が対物的許可であることと相まつて、無許可営業として処罰すべき実質的違法性はなく、本件は罪とならないのに、本件について可罰的違法性の存在を認めて被告会社及び被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、前記控訴趣意第一点についての判断において示したとおり、公衆浴場法二条一項の許可は、業として公衆浴場を経営しようとする者が受けなければ
ならないものであつて、営業施設の構造設備自体の許可でも、その構造設備の施設を営業の用に供することの許可でもなく、具体的な設置の場所及び設備構造の公衆浴場施設を業として経営すること自体の許可であるから、公衆浴場施設の設置の場所及び構造設備という物的な事項のみが要素となる単なる対物的許可処分ではなく、営業する者という人的な事項もその要素となる対人的対物的許可処分であつて、その許可を受けた者から施設ないし営業を相続しあるいは譲り受ける等した者も、法的に別個独立の主体である以上、施設の設置の場所及び構造設備それ自体として何ら変更がない場合であつても、業として公衆浴場を経営するには自ら新たに許可を受けなければならず、右の者が許可を受けないで営業をすれば無許可営業罪が成立するのであつて、被告人が被告会社の実質上の経営者であり被告人の実父伊東賢之助か業として本件公衆浴場を経営することについて公衆浴場法二条一項の許可を受けているからといつて、同人とは法的に別個独立の主体である被告会社の無許可営業の罪の実質的違法性ないし可罰的違法性がなくなるいわれはない。これと同旨に出た原判決に所論の指摘する法令適用の誤りがあるとは認められない。
論旨は理由がない。
控訴趣意第二点第二、第三(責任に関する法令適用の誤りの主張)について
所論は、要するに、被告人には、(一)本件公衆浴場営業が無許可営業であることの認識がなく、また、(二)違法性の意識もその可能性もなかつたのであつて、故意責任がなく、本件について無罪であるのに、本件について被告人の故意責任を認めて被告会社及び被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、(一)関係証拠によれば、被告人は被告会社が公衆浴場法二条一項の許可を受けていないことを認識しながら被告会社の業務に関し業として公衆浴場を経営したことが明らかであり、無許可営業の事実についての認識としては右の程度で十分であつて欠けるところはなく、(二)被告人が昭和四一年六月六日被告会社(当時は有限会社伊東ビル)を設立して本件営業を始めるにあたり静岡市南保健所及び静岡南警察署から伊東賢之助を中心とする同族会社が営業をするのは許される旨の行政指導を受けた旨をいう被告人の供述は信用できず、ほかに右事実を認めるに足りる証拠はないし(仮に、被告人において保健所及び警察署の行政指導を受けた事実があつたとしても、保健所及び警察署の関係者が公衆浴場法の解釈について私人が信頼してよいような権威を持つものとは到底いえない。)、前記控訴趣意第一点についての判断において示した本件許可名義の変更届に至るいきさつ、その態様からしても、右変更届が無効であることについて被告人は認識を有していたものと認められる。そうしてみると、被告人の実父伊東賢之助か右営業の用に供された物的施設を用いて公衆浴場営業をすることについて公衆浴場法二条一項の許可を受けていたこと、昭和四一年六月六日から右物的施設を用いて公衆浴場営業をしているのが被告会社であることを秘匿しようとしたことはなかつたが、担当行政庁、警察、検察庁の関係者から無許可営業であると指摘されたことはなかつたこと、昭和四七年一二月に右許可の名義人を伊東賢之助から被告会社に変更する旨の変更届が受理されていることなど関係証拠により認められる諸事情を考慮に入れても、被告人にとつて被告会社の本件営業が無許可であつて違法であることの認識の可能性がなかつたといえないことが明らかである。所論は採用することができない。
結局、論旨は理由がない。
控訴趣意第二点第四(不法に公訴を受理した違法の主張)について
所論は、要するに、検察官が裁量権を逸脱し、不当に差別的取扱いをして公訴提起をするのは公訴権の濫用となるというべきところ、静岡県下において個人に対する営業許可に基づいて同族会社が公衆浴場営業をしている事例において公衆浴場法違反の罪で処罰されたことはなく、更に、被告人自身昭和四七年児童福祉法違反の事件で起訴された際検察庁は本件営業の実態を明確に把握しながら公衆浴場法違反では立件しようとしていないのであり、また行政当局も実情調査をしながら対処しようとしていなかつたのであり、被害の軽微性、行為の相当性からいつても処罰すべき必要性が極めて乏しい本件事案において、行政指導もしないまま、突然起訴することは、不当に差別的な扱いをするものであつて裁量権を逸脱し、本件公訴は公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとして判決で公訴を棄却しなければならないのに、そうせずに被告会社及び被告人を有罪とした原判決には、不法に公訴を受理した違法がある、というのである。
そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、審判の対象とされていない他の被疑事件についての公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないものであるところ、所論にかんがみ証拠を精査しても、本件公訴の提起が被告人らの思想、信条、社会的身分又は門地などを理由に一般の場合に比べ不利益な取扱いをしたものであるとの疑いをさしはさむべき余地があるとは認められないし、本件公訴の提起自体が検察官の職務犯罪を構成するような極限的な場合にあたるものとは到底考えられないのであつて、本件公訴の提起が無効であるとはいえない(最高裁判所昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定・刑集三四巻七号六七二頁、同昭和五六年六月二六日第二小法廷判決・刑集三五巻四号四二六頁等参照)。したがつて、本件公訴を棄却せずに被告会社及び被告人に対し有罪の判決をした原判決に不法に公訴を受理した違法がある旨の所論は採用できない。
論旨は理由がない。
次に、職権をもつて被告人の本件所為に対する法令の適用について調査すると、原判決は、罪となるべき事実として、被告人が被告会社の代表取締役等として被告会社の義務に関して許可を受けないで業として公衆浴場を経営した旨の事実を認定しながら、法令の適用において、被告人の右所為は公衆浴場法八条一号、二条一項に該当するとしている。しかし、同法二条一項は業として公衆浴場を経営しようとする者は、政令の定める手数料を納めて、都道府県知事の許可を受けなければならないとし、同法八条一号は右二条一項の規定に違反した者を処罰する旨を定めているところ、本件において知事の許可を受けるべきであつた者は、業として公衆浴場を経営しようとした被告会社であり、したがつてまた同法二条一項の規定に違反した者は被告会社であつて被告人ではないのであるから、被告人は直接同法八条一号によつて処罰されるわけではなくて、同法一一条に「行為者を罰する外」とあることにより、右罰則の適用を受けるものと解すべきである(最高裁判所昭和五五年一一月七日第一小法廷決定・刑集三四巻六号三八一頁参照)。したがつて、被告人の本件所為に同法一一条を適用しないで同法八条一号、二条一項のみを適用して処罰した原判決には法令の適用の誤りがあり、右誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決中被告人に関する部分はこの点において破棄を免れない。
よつて、弁護人の控訴趣意第三点(被告人に関する量刑不当の主張)に対する判断を省略し、原判決のうち、被告人に関する部分を刑訴法三九七条一項、三八〇条により破棄し、同法四〇〇条但書により、更に次のとおり判決することとするが、被告会社の本件控訴は、その理由がないので、同法三九六条によりこれを棄却することとする。
原判決の認定した被告人の原判示所為は公衆浴場法一一条、八条一号、二条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で本件犯情及び情状を考慮して被告人を懲役三月に処し、刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により、被告会社と連帯して、被告人にこれを負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。